鍛造の火。金属の匂い。叩くたびに、素材が「ただの鉄」ではなく「記憶」に近づいていく——。永島 義教は、SUS304ステンレスや真鍮、アルミニウム、銅などを手作業で育て、フォークやナイフ、スプーン、プレート、トレーまで“食卓そのものを変える”器を作っている。重要なのは技法だけではありません。仕上げの温度感と、触れた瞬間に分かる質感が、作品の中心にあるのです。

永島 義教(よしのり)は、鍛造を軸にSUS304ステンレスへ「いぶし」「ゼンマイ」などの表面処理を施し、フォーク・ナイフ・スプーンやプレートといったテーブルウェアを制作する金属クラフト作家です。1979年福岡県生まれ、2003年多摩美術大学卒、現在は昭島市の工房で制作を続けています。

項目 内容
氏名 永島 義教(ながしま よしのり)
出身 1979年・福岡県
学歴 2003年 多摩美術大学 工芸科卒/2005年 東京芸術大学大学院修了
独立 2017年
主な制作地 東京都昭島市のアトリエ
主な技法 鍛造(高温加熱→鉄製タコで叩き上げ)
主素材 SUS304ステンレス/真鍮/アルミニウム/銅など
代表的な表面処理 ステンレスの「いぶし」「ゼンマイ」

永島 義教とは何者か—鍛造が生む「食卓の温度」

永島 義教は、金属を“加工する人”というより、金属の性格を読み替える人に近い。鍛造では、素材を高温で加熱し、鉄製タコで叩き上げる工程を繰り返す。ここで生まれるのは形だけではありません。鎚目が残り、光の当たり方まで素材の記憶として表に出てくる。

彼が手がけるのは刀剣類のような武器の系譜だけに留まらない。フォーク、ナイフ、スプーンといったカトラリーに加え、プレートやトレー、コーヒーメジャーなど日常の道具へと広がっていく。食卓という、毎日確実に触れる場所に“変化”を持ち込む。そこが最大の見どころです。

福岡生まれ、二つの美術ルート—学歴が「金属」へ収束した道

永島 義教は1979年に福岡県で生まれた。2003年に多摩美術大学の工芸科を卒業し、2005年に東京芸術大学大学院を修了している。美術系の教育を受けてきた経緯が、作風の根にある“造形への視点”を支えていると見て取れる。

金属クラフトは、見た目の完成度だけで語られがちですが、彼の作品は「なぜその形なのか」「表面がどう歳を重ねるのか」にまで意識が届いています。学びの終点が鍛造そのものだったのか、それとも鍛造が形づくりの言語として採用されたのか——その答えは公開情報だけでは一意に決められない。それでも、卒業・修了の時系列が、造形の基盤を確実に積み上げたことを示しています。

2017年の独立—アトリエ制作が「手触り」を決める

2017年に独立した後、永島 義教は東京都昭島市のアトリエで制作を続けている。独立の年は、作家の転機として語られやすい。しかし現場の制作が変わるのは、言葉よりも工程の管理だ。鍛造は温度と手順の積み重ねであり、アトリエが整うほど再現性と個性が両方強くなる。

彼の工房で注目したいのは、“手作業ならではの温度感”が仕上げの質感に直結している点です。叩く強さや加熱の回数、冷却のタイミングが違えば、鎚目の密度も、表面の微細な出方も変わる。独立後に培われたのは、創作の自由度だけでなく、その自由度を成立させる管理力でしょう。

SUS304の魅力と二つの表面処理—いぶし/ゼンマイ

永島 義教が多く用いる素材の中心はSUS304ステンレスだ。ステンレスは耐食性に優れ、日常使いの器に向く。一方で、見た目を冷たくしない“仕上げの設計”が必要になる。そこで彼は、ステンレスにいぶしとゼンマイという二つの表面処理を使い分ける。

いぶしは、いわばマットな落ち着きを生む方向性。光を吸うように見え、金属の存在感を静かにする。対してゼンマイは、高温焼きで酸化皮膜を形成し、風合いを育てる方法として説明されている。銀色の“静寂”と、風化したような“落ち着き”を両立させる——この狙いが、日常の器に合う独特の陰影を作る。

重要なのは、これらが単なるコーティングではなく、金属表面の反応を利用する考え方だという点です。経年で味が出やすい方向に寄せられているため、使う時間がデザインに参加する余地が生まれる。

鍛造カトラリーの現実—フォーク、ナイフ、スプーンで変わる口当たり

永島 義教の作品には、フォーク、ナイフ、スプーンといったカトラリーがある。金属の厚みや重心、表面の粗さは、食べる側の体験に直結します。鍛造は、叩くことで内部の状態を変える方向性も持つため、結果として“触れたときの安定感”や“口当たりの落ち着き”に影響が出る。

銀色の光が一様ではない仕上げは、光の向きで表情を変える。料理の色を邪魔せず、食卓の中心を料理に返しつつ、器としての存在も残す。そのバランスが、単なる工芸品の美しさに留まらない「普段使いの説得力」を生んでいる。

また、日常に入る道具だからこそ、使い手の動きまで想像する必要がある。カトラリーの持ちやすさ、洗いやすさ、乾きやすさといった実務の設計が、見た目の緻密さと同じ比重で求められるはずです。作品が食卓系として語られる背景には、その現実がある。

プレートやトレー、コーヒーメジャーまで—器の拡張が示す設計思想

永島 義教の制作は、カトラリーからプレート、トレーへ広がり、さらにコーヒーメジャーのような道具にも及ぶ。ここで見えるのは、金属クラフトを“個別の作品”として完結させず、食のプロセス全体に置いていく発想だ。

プレートやトレーは、料理の温度変化や湯気の見え方と密接に関わる。金属の表面が光をどう受け、陰影がどう立つかは、料理写真にも影響するし、実際に目にする体験にも直結する。コーヒーメジャーに至っては、粉を扱う道具としての使いやすさが鍵になる。金属のまま仕上げる場合、こびり付きやすさや、粉の抜け方をどれだけ設計できるかが問われるからです。

つまり、彼の世界観は“食卓をアートに変える”という言葉でまとめられるが、その実現は工程の細部に宿っている。料理を乗せる器、運ぶ器、準備する器。役割が違えば、必要な質感も変わる。その切り替えができるから、ラインナップが単発のバリエーションではなく、思想の延長に見える。

購入・展示の手がかり—Discover Japanやflattoで見える到達点

永島 義教の作品は、オンラインショップを通じて購入できるとされている。例として挙げられているのが「Discover Japan」や「和食器セレクトショップflatto」だ。オンライン販売は、作品の見え方を左右する。素材の色、表面の陰影、鎚目の密度は写真で伝える必要があるからだ。

さらに、展覧会も国内外で行われている。個展や二人展など多様な展示形態があり、ファン層を広げてきたと説明されている。展示の場が増えるほど、作家は「作品単体の評価」から「作家の一貫性の評価」へ移っていく。鍛造と表面処理という軸が揺れない限り、評価はより安定して積み上がるはずです。

ただし、ここで誤解してほしくないのは、“工芸市場の成功”だけが焦点ではないということ。日常の器に対して、どれだけ実用性と情緒を同時に成立させられるか。そこが、この作家を追う理由になります。

永島 義教の作品を選ぶ視点—表面の仕上げと素材選びを読む

永島 義教の器は、同じ形でも表情が変わる可能性がある。理由は、鍛造由来の鎚目と、SUS304のいぶし/ゼンマイのような表面処理が、光の反射を一様にしないためです。つまり購入者は、個体差を“欠点”ではなく“作品の条件”として受け取る姿勢が向いている。

選び方としては、まず素材の方向性を押さえる。ステンレスは日常向きで、表面処理によって雰囲気が変わる。真鍮やアルミニウム、銅はそれぞれ温度や経年の出方に差が出やすい。食卓でどんな時間を過ごしたいのか——「静かな銀の食卓」なのか、「育つ金属の変化」なのか。その問いに沿って選ぶと、器が生活に馴染むスピードが変わります。

そして、最後は触って確かめたい。写真は表面の情報の一部しか伝えないからです。可能なら店頭や展示会で、光が当たったときの陰影、手に持ったときの重さ、口に当たる部分の感触を確認してみてください。鍛造は、見るだけで終わらない技法です。

Frequently Asked Questions

Q1. 永島 義教さんの主な制作技法は何ですか?
鍛造(高温で加熱して鉄製タコで叩き上げる工程)を軸にした制作が中心です。

Q2. 作品に使われる素材はどんなものですか?
SUS304ステンレス、真鍮、アルミニウム、銅などが主に挙げられます。

Q3. ステンレスの「いぶし」と「ゼンマイ」にはどんな違いがありますか?
いぶしはマットな落ち着きの方向性、ゼンマイは高温焼きで酸化皮膜を形成して風合いを出す方法として説明されています。

Q4. どんな種類の作品がありますか?
フォーク、ナイフ、スプーンなどのカトラリー、プレートやトレー、コーヒーメジャーなどのテーブルウェア/食の道具が中心です。

Q5. 作品はどこで購入できますか?
オンラインショップとして「Discover Japan」や「和食器セレクトショップflatto」などが案内されています。

鍛造の火が、日常の光を変える—永島 義教の到達点

永島 義教の作品は、金属の技術を“鑑賞用”に留めません。毎日手に取るカトラリーや、料理の表情を受け止めるプレートやトレーとして組み込まれることで、鍛造の鎚目やいぶし/ゼンマイの陰影が、生活の中で意味を持ち始めます。火が作り、手が仕上げ、時間が育てる——その連鎖が、食卓を静かに変えていくのです。